北近畿 (列車) (Kitakinki (train))
北近畿(きたきんき)とは、西日本旅客鉄道が新大阪駅~福知山駅・豊岡駅 (兵庫県)・城崎温泉駅間を福知山線(JR宝塚線)・山陰本線経由で運行するエル特急の名称である。
北近畿ビッグXネットワークを形成する列車の1つである。
イメージカラーは黄色。
走行路線の一つであるJR宝塚線のラインカラーにちなんでいる。
運行概要
大阪方面からは、さんたん(丹波・丹後・但馬)地区への観光特急の色合いを持っており、特に冬場は毎年運行されている「カニカニ日帰りエクスプレス」キャンペーンの一環で利用客が増える。
また、福知山駅以南は福知山線の通勤特急的な要素もあり特に篠山口駅~福知山駅間は普通列車の本数が少ない関係でこまめに停まる列車もある。
城崎温泉・豊岡・福知山方面からは、平日はビジネス特急、会社休業日は観光特急の両面があり、4両から7両編成と幅が大きい。
また、福知山で「たんば (列車)」に連絡する列車があり、本数が少ない京都方面~但馬方面直通の「きのさき (列車)」の代わりとなっている。
ちなみに、福知山駅で改札口を出ずに乗り換えると、特例により通しの特急料金で乗れる。
特急列車が運転されるサイクルには大阪発着の快速列車は運転されない。
また快速との所要時間が大きくないために三田以南ではいわばホームライナー的な要素も持っている(三田以南で通過する快速停車駅は西宮名塩駅・中山寺駅・川西池田駅・伊丹駅 (JR西日本)のみ)。
城崎温泉系統を中心とした一部の列車では、車内販売も行われている。
停車駅
新大阪駅 - 大阪駅 - 尼崎駅 (JR西日本) - 宝塚駅 - 三田駅 (兵庫県) - (新三田駅) - (相野駅) - 篠山口駅 - (谷川駅) - 柏原駅 (兵庫県) - (石生駅 - 黒井駅 (兵庫県) - 市島駅) - 福知山駅 - 和田山駅 - 八鹿駅 - 江原駅 - 豊岡駅 (兵庫県) - 城崎温泉駅
括弧内の駅は一部列車が停車。
使用車両・設定座席
国鉄183系電車
基本的には、設定当初より投入された国鉄485系電車の改造車両である。
一部車両では北近畿地方の民謡(福知山音頭・宮津節・デカンショ節)をアレンジした車内チャイムが流れる。
グリーン車 (城崎・豊岡・福知山側先頭車の前半分、または全部)
普通車 (鉄道車両)座席指定席・自由席
競合交通機関
競合交通機関としては以下のものがある。
高速バス
大阪・梅田駅阪急三番街前~福知山駅・天橋立駅・宮津駅
阪急バス・丹後海陸交通による運行、1日3往復、大阪~福知山間は約2時間・1810円、大阪~宮津間は約3時間・2510円
大阪・梅田阪急三番街前・新大阪駅~城崎温泉・湯村温泉 (兵庫県)・浜坂駅
全但バスによる運行、城崎温泉系統(かに王国号)1日3往復・約3時間・3600円、湯村温泉系統(夢千代号)1日3往復・約3時間・4200円
神戸三ノ宮駅~福知山駅
日交シティバス・京都交通による運行、1日6往復・約1時間30分・1600円
神戸空港・神戸三宮駅・兵庫県庁前~城崎温泉・湯村温泉・浜坂駅
全但バスによる運行、城崎温泉系統(かに王国号)1日2往復・約3時間20分・3200円、湯村温泉系統(夢千代号)1日2往復・約3時間30分・3700円
1980年代末期に舞鶴自動車道(現:舞鶴若狭自動車道)が開通した頃は、大阪~福知山間にハイウェイバス(西日本JRバス・神姫バスによる運行)が設定されていたが、本数が少ないことや、利用が低迷していたため、数年で廃止されている。
神戸~福知山系統を除き、いずれも1980年代から運転されている路線であるが、大幅な増発こそないものの、高速道路網の延長に合わせて、所要時間の短縮を繰り返している。
その中で2006年より神戸~福知山系統(鉄道利用よりも大幅に速くて安く、乗り換えも不要である)が新設されたことは、阪神地区と北近畿の交通に、何らかの変化をもたらす可能性がある。
航空
大阪国際空港~コウノトリ但馬空港に、日本エアコミューターにより、1日2往復が運航されている。
所要時間は35分であるが、運賃は11,400円(前日割引運賃は7,900円)と高く、しかも空港と都心部とのアクセスに時間がかかるため、鉄道が有利な立場にある。
なお、現在航空は主に関西圏のみを対象にすると航空機の特性が生かせないため関西以外の観光客・ビジネス客の利用促進に注力している。
特に、東京や福岡から北近畿地方を訪問する場合、この伊丹乗り継ぎが最短ルートである。
その他
現在本列車群は、大阪~福知山間を1時間40分程度で、大阪~城崎温泉間を2時間40分程度で、それぞれ結んでおり、本数も1時間間隔と、高速バスに比べて頻度が高い。
運賃と特急料金(普通車自由席)の合計は、大阪~福知山間3250円、大阪~城崎温泉間4940円である。
鉄道は高速バスより割高ではあるが、所要時間と頻度で勝っている。
しかし北近畿豊岡自動車道・京都縦貫自動車道の建設が進められている。
これらの道路が開通すると、阪神地区と北近畿との道路交通事情は大幅に改善され、自動車の増加・移行や、高速バスの時間短縮・増発も考えられる。
特に但馬地方との交通は、所要時間で鉄道と道路交通がほぼ互角か、逆転することも予想される。
一方、鉄道については、現時点で新型車両投入の予定はなく、高速化の予定もない(昨今の事情から、高速化は難しいと思われる)。
高速道路網の整備後の動向が注目される。
福知山線優等列車沿革
戦後の展開
1960年(昭和35年)6月1日、大阪駅~城崎駅(現:城崎温泉駅)間を運行する準急列車「丹波」(たんば)が運行を開始する。
運行経路としては福知山駅で綾部駅・天橋立駅経由編成と山陰本線和田山駅経由編成を分割・併結する経路を採った。
1961年(昭和36年)10月1日、「サン・ロク・トオ」とのちに称されたダイヤ改正に伴い、以下のように変更となる。
京都駅~大阪駅~松江駅間を福知山線・山陰本線経由で運行する特別急行列車「まつかぜ_(列車)」が新設される。
従来、東京駅~浜田駅・大社線大社駅間を運行していた「出雲_(列車)」の経路が綾部駅経由に変更。
これの代替として大阪駅~浜田駅・大社駅間を運行する急行列車として「三瓶」(さんべ)が設定される。
「丹波」に和田山駅経由豊岡駅 (兵庫県)発着列車を1往復増発する。
従来、京都駅~松江駅間綾部駅経由で運行していた準急列車「白兎_(列車)」(はくと)を気動車化し、急行列車に格上げ。
このさい、福知山線経由大阪駅発着の編成を増結。
1964年(昭和39年)3月20日、「まつかぜ」運行区間を博多駅まで延長する。
1964年9月1日、観光団体専用列車として「山陰観光」(さんいんかんこう)が大阪駅~大社駅間(上りは出雲市駅発編成もあり)に設定される。
なお、運行種別としては下りが夜行準急列車、上りが急行列車と運行形態により変化を持たせていた。
1965年(昭和40年)3月1日、大阪駅~天橋立駅間を運行する準急列車「はしだて」が運行を開始する。
1965年10月1日、このときのダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
「三瓶」を気動車列車化、また浜田駅発着編成の運行区間を石見益田駅(現:益田駅)まで延長する。
「丹波」、大阪駅~福知山駅間運行の1往復を増発し3往復体制とする。
新大阪駅~浜田駅間を運行する特別急行列車として「やくも_(列車)」の運行を開始。
但し、車両の手配の兼ね合いにより運行開始は翌月11月1日からとなった。
1966年(昭和41年)3月5日、準急行制度の見直しにより「丹波」・「はしだて」急行列車に格上げ。
1966年10月1日、「三瓶」大社線乗り入れ列車の大社線内を普通列車に格下げ。
1968年(昭和43年)10月1日、ヨンサントオとのちに称されるダイヤ改正に伴い、以下のように変更される。
「はしだて」の名称を廃止。
主に大阪駅発着福知山線経由で兵庫県北部・京都府北部発着の列車名として「丹波」の名称が充てられる。
これに伴い、「丹波」は福知山駅・豊岡駅・城崎駅・天橋立駅発着の4往復体制となる。
なお、豊岡駅発着の内1往復は綾部駅経由であった。
大阪駅発着福知山線経由で山陰地方を結ぶ急行列車であった「山陰観光」・「三瓶」・「白兎」・「だいせん_(列車)」の名称を「だいせん」に統合。
これにより、「だいせん」夜行列車を含む4往復体制を取る。
1970年(昭和45年)10月1日、「丹波(上り)3号」豊岡駅→天橋立駅間を普通列車に格下げ。
山陽新幹線開業後の展開
1972年(昭和47年)3月15日、山陽新幹線岡山駅開業に伴うダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
「やくも」列車名称を伯備線新幹線接続特急列車に振り替え、従来の「やくも」は運行区間を大阪駅~鳥取駅間に変更。
名称を「まつかぜ(下り)2号・(上り)1号」にする。
「だいせん(下り)2号・(上り)1号」の運行区間を短縮、大阪駅~鳥取駅間とし、列車名称を「いなば_(列車)」に変更。
「だいせん(下り)1号」に米子駅で長門市駅行急行「はぎ(列車)」を併結する。
ただし、「だいせん」は益田駅までの運行であり、米子駅→益田駅間のみであった。
1972年10月2日、以下のようにダイヤ改正を行う。
「丹波」 大阪駅~福知山駅間の下り1本を増発。
「まつかぜ(下り)1号・(上り)2号」の運行区間を下り大阪駅始発、上り新大阪駅着とする。
「いなば」、福知山駅以西を「白兎」と併結運転となる。
1975年(昭和50年)3月10日、山陽新幹線博多駅乗り入れに伴う国鉄ダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
「いなば」の名称を「いでゆ」に変更する。
なお、「いでゆ」上り列車は福知山線内を「丹波(上り)2号」を併結運転とした。
「だいせん(下り)1号」の運行区間を大阪駅→浜田駅間に変更する。
また、米子駅からの併結の急行「はぎ」を「ながと」に改称したものの、運行形態は変化しなかった。
1978年(昭和53年)10月2日、ゴーサントオとのちに称されるダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
「丹波」下り1本を減便する。
「いでゆ」列車名を「だいせん」に変更。
これに伴い、「だいせん」4往復に復帰。
1980年(昭和55年)10月1日、「丹波5・2号」運行区間を大阪駅~福知山駅間に短縮。
1982年(昭和57年)7月1日、「まつかぜ3・2号」運行区間を米子駅まで延長する。
また、「だいせん(下り)1号」の「ながと」との併結を解消。
1985年(昭和60年)3月14日、国鉄ダイヤ改正により、「まつかぜ1・4号」の運行区間を短縮。
上り新大阪駅・下り大阪駅~米子駅間の運行とする。
福知山線全線電化後の展開
1986年(昭和61年)11月1日、福知山線宝塚駅~山陰本線城崎駅間鉄道の電化完成に伴い、以下の特急列車・急行列車を統合し、エル特急「北近畿」(きたきんき)運行を開始。
特急「まつかぜ」
急行「丹波」
急行「だいせん」(昼行列車分のみ)
その際、特急「まつかぜ」・急行「だいせん」で城崎駅以遠発着の列車については、城崎駅より連絡する快速列車を設定した。
「北近畿」に使用する国鉄485系電車は、全国の特急列車の短編成化により捻出され、中間車の一部は先頭車に改造されている。
運転開始当初は普通車のみの編成で、グリーン車は連結されていなかったが、直後に先頭車を半室グリーン車(クロハ481)に改造しており、国鉄分割民営化までに全編成の改造を完了した。
1988年(昭和63年)7月16日、「北近畿」1往復に国鉄キハ65形気動車による北近畿タンゴ鉄道宮福線直通特急「エーデル丹後」(- たんご)連結開始。
運行区間は、大阪駅~天橋立駅間とした。
1989年(平成元年)3月11日、「北近畿」の内1往復を延長する形で国鉄キハ65形気動車による特急「エーデル鳥取」(- とっとり)を運行開始。
運行区間は、大阪駅~倉吉駅間。
1990年(平成2年)3月10日、「北近畿」2往復を国鉄キハ65形気動車による「エーデル北近畿」(- きたきんき)運行開始。
運行区間は、大阪駅~浜坂駅間とした。
1991年(平成3年)12月、大阪駅~城崎駅間を運行する臨時急行列車として「きのさき」が運行される。
1992年(平成4年)、舞鶴線東舞鶴駅まで「エーデル北近畿」延長。
福知山駅で東舞鶴駅発着列車と浜坂駅発着列車との分割・併結を行う。
1994年(平成6年)12月3日、「エーデル鳥取」運行区間を鳥取駅までに短縮。
1995年(平成7年)12月、「きのさき」運行を終了。
1996年(平成8年)3月16日、ダイヤ改正に伴い以下のように変更。
「北近畿」全定期列車を新大阪駅発着とする。
「北近畿」のヘッドマークをエル特急ロゴを貼付した「運行地域である近畿北部に飛翔するコウノトリ」のイラストから、現行のものに変更になる。
北近畿タンゴ鉄道宮福線電化に伴い、急行「みやづ」を特急「文殊 (列車)」に格上げ。
「北近畿」1往復に連結の北近畿タンゴ鉄道宮福線直通特急を「エーデル丹後」から北近畿タンゴ鉄道所有車両の「タンゴディスカバリー」に変更。
1997年(平成9年)3月8日、尼崎駅 (JR西日本)改良工事完成に伴い、「北近畿」、「文殊」、急行「だいせん」の全列車尼崎駅に停車開始する。
1999年(平成11年)10月2日、「エーデル鳥取」・「エーデル北近畿」運行終了。
また「タンゴディスカバリー」は京都駅発着となり、「北近畿」の連結も終了。
その代替として「タンゴエクスプローラー」が大阪駅発着となる。
2004年(平成16年)10月16日、急行「だいせん」運行終了に伴い、新大阪駅~福知山駅間に「北近畿」下り1本を増発。
2005年(平成17年)4月25日、JR福知山線脱線事故が発生。
6月18日まで新大阪駅~福知山駅間が運休となる。
なお、この事故の際、事故現場に新大阪発の「北近畿3号」が迫っていたが、近くの踏切の非常ボタンが押されて特殊信号発光機が点灯したため運転士が異常を察知し非常ブレーキを掛け、100m手前で停車させたため危うく難を逃れている。
2007年(平成19年)3月18日、「北近畿」・「文殊」全面禁煙化を実施。
名称の由来
「北近畿」は名の通り近畿地方の北にちなんでいる